シンプソンズとクレヨンしんちゃん

プロペラ犬・第二回公演の脚本の基となるプロット(あらすじ的なもの)
をうーうー言いながら考える。
実際にはうーうー言ってない。
しかも、映画まで見に行ってしまった。ずっと見たかった「シンプソンズ」の映画版。
もちろん吹き替えではなく、字幕版のほう。面白い。シンプソンズすげーな。

見てて、「クレヨンしんちゃん」って日本版「シンプソンズ」みたいな構造だなぁ、と思う。
しょーもない馬鹿が、しょーもない馬鹿のまま、さほど成長せずに、自分にとって大切な
人々を救うことで、何だか地球まで救ってしまう物語。
この「さほど」の加減が絶妙で、「成長」というよりは「発見」とでもいう感覚。
自分の中の何か、「俺、馬鹿だども、これだけは譲れないんだど!」(誰だこれ?)
という何かを発見する。かといって日々の馬鹿なふるまいまでは変えられない。
ここらへんがリアルでなんだか良い。

こういう感覚を与えてくれる映画にとても弱い。涙腺を刺激される。
主人公が冴えないおっさんとかだと更にやばい。
「ショーン・オブ・ザ・デッド」なんかまさにこれだ。

とかプロットと関係ないこと考えてる間にもう朝だ。うー。うー。