関根さんに会う

ひっさびさに事務所に行った。

基本、事務所に顔を出すことはあんまりない。
作家と言う仕事柄、事務所に行くようなことがないし、本当に年に数えるほどという感じ。
作家と言うのは、事務所に所属してても基本的にはそれぞれが「個人経営」
みたいなところがある。
かくいう私、楠野さんの場合はさらにその個人経営感覚を進めて
「プロペラ犬」というユニットを勝手に立ち上げてしまった。

もちろん、事務所に迷惑がかからぬように、自分らで金銭面その他のリスクは全て
背負うことにして、そのかわり、好き勝手にやらせてもらうという自由を貰った。
おかげさまで、好き放題にやらせてもらっている。ありがたいことです。

今日もちょっとした野暮用で、済ませたら帰るつもりだったのだけど、
今日は少しだけ長居した。
事務所の方に、近所の洋食屋さんでご飯をご馳走になって帰ってきてみたら、
珍しく関根さんが事務所にいた。関根さんの顔を見るのは半年ぶりくらいだ。

この場合、関根さんとは関根勤さんである。
関根さんとは同じ事務所で・・・というか、23年前、高3だった楠野さんに
「作家にならない?」と声をかけてくださったのが関根さん。
一般にいう師匠と弟子の関係とはちょっと違うが、ものすごく大切な恩人だ。
関根さんだけは裏切れない、といつも思う。こんないい人いないからだ。

関根さんとはどんな人か。こんなエピソードがある。
あれは確か12年くらい前。まだ日本で総合格闘技が今のように定着してない頃。
アメリカで「アルティメット・ファイティング」という総合格闘技大会が開かれ、
格闘技ファンの間ですんごく話題になっていた。
有名なグレイシー兄弟はこの大会から生まれた。
今のように地上波で格闘技が見られるなんていうことはありえず、一部マニアの
間でのみビデオ(海外で撮ったものをダビングして、誰かマニアが輸入したもの)
がやりとりされている・・・そんな時代だった。

関根さんからある日、
「楠野~!アルティメットのビデオ手に入れたから一緒に見よう」と電話があった。
エロ本を手に入れた田舎の中学生と基本的には変わらぬテンションである。
遅れたが、私、楠野さんも格闘技大好きで、関根さんと会うと必ず格闘技の話になる。
一もに二もなくOKした。

その夜、関根さんがうちにやってきた。
普通なら、缶ビールでも持ってやってくる。
しかし関根さんはアルコールがダメだ。
なので、袋に入ったせんべいを持ってやってきた。
いまどき、小学5年生だってもう少しアダルトな物を持ち寄って家に集まるのではないか。
袋菓子って。

で、いい大人二人、格闘技のビデオを見て「すげっ!」「うあああっ!なんすか今の技!」
とか言いながら、せんべいをぼりぼりつまんだ。

あっという間に時間は過ぎ、24時近くになった。
関根さんが突然、「あ、楠野、そろそろ帰らないと」と言い出した。
翌朝の仕事が早いのかなとでも思ったら、違った。
「だって終電に間に合わないから」と関根さん。
えーっ!電車乗って来てたんすか!終電って!

なぜかその日、関根さんは車ではなく電車で来てたのだ。
繰り返すが、せいぜい12年ぐらい前の話だ。
関根さんには地位もお金もマイカーも免許も十分にある。
でも、そーゆー人なのだ。関根さんは。
慌てて、二人して駅まで走った。10分ちょい。
何とか間に合い、関根さんは「じゃあ!」と笑顔で言って改札に消えていった。
完全に行動が中学生だ。というか、いまどきのすれた中学生よりはるかに
中学生だ。

関根さんは、それからもずーっと変わっていない。
今日も、豆みたいなものをぽりぽり食べながら、東方神起がいかに素晴らしいかについて
ものすごく熱っぽく語っていた。
最近、東方神起のメンバーになる妄想をするそうだ。
「メンバーの中で、ちょうど真ん中の年齢で入りたいんだよ」と関根さん。
「どうしてですか」と俺。
「一番上とか一番下だと、余計な気を使われるだろ?だから真ん中で、彼らの
潤滑油になりたいんだよ。で、疲れてたらマッサージをしてあげて・・・」
と、真剣な顔で語っていた。真剣に、潤滑油になりたいらしい。
尊敬の念をこめて、最大級の褒め言葉として書くが、
相変わらず狂っててほんと、すごいなぁ。

ちなみに、今日は夏のカンコンキンシアターの打ち合わせで事務所に来てたらしい。
そっかぁ、そんな季節だなぁ。
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