2008.07.16
宇宙人がいる、と思うこと
[ 「ジャージマン」 ]
「ジャージマン」のスチール撮影中の一こま。
設楽さんは、なぜだか口を空けてるのが似合う。
バナナマンのネタの展開の一つに、「設楽さんが大口あけて号泣」というパターンがあり、
私・楠野さんはこれが大好きだ。ほんと好きだ。
号泣するだけであれほどおかしい人はいない。
バナナマンのライブを見たことない方に、その泣きっぷりを説明するのは
難しいんだけど、あれはなんというか、喜怒哀楽以外の、なんか別の
感情表現じゃないかっつー気がする。
そんな設楽さんに関して、こないだどっかでこんな発言を見た。
ほんと、ネットをぐりぐりしてるときに偶然見つけた記述なので信憑性は
定かでないのだけど、設楽さんぽいなぁという発言だ。
人は、本当につらいことやきっついことに遭遇して凹んだとき、自分の中で
何か、自分を救う言葉を持っている。
「明日は明日の風が吹く」っていう人もいるだろう。
「大丈夫!」この一言だけで自分を支える人もいる。
「ネバーギブアップ!」うん、いるだろう。
「ま、いっか」いるでしょう。
で、設楽さんの場合は、そんなときに
「宇宙人が、いる」と思うそうだ。
この宇宙のどこかに宇宙人がいる、と思うと、自分の抱えている悩みや、
今凹んでいることが、とてもちっぽけなことに思えてくるのだという。
ああ、なんかすっごくわかるなぁ・・・と思う。とてもいい言葉だ。
いや、冗談抜きに。
脚本を書く、という仕事は、この「一言」を物語の登場人物にいかに
自然に言わせるか、いかに他の人の心に響くように言わせることが出来るか
までの積み重ねだ。と思う。
この一言のために、2時間とか3時間の物語を紡ぐ。
いかに説教臭くなく、いかにオリジナリティを出せるか。
で、個人的には「いかに馬鹿みたいな言葉に置き換えられるか」にチャレンジしている
脚本や歌詞が好きだ。
オーケンなんかは、まさにこれですな。
「宇宙人は、いる」
うん。けだし名言ではなかろうか。
宇宙人はいるのだから、明日も頑張ってみよう。
とか言って設楽さん自身に聞いたら
「俺、そんなこと言いましたっけ?」の可能性もあるけど。
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