2009.02.28
プロペラ犬はこうしている
[ プロペラ犬制作秘話 ]
WOWWOWのドラマの撮影もひと段落した水野と、
第三回公演その他のプロペラ犬打ち合わせ。
ほぼぶっ通し、がっつり12時間近くかけて今年の内容やら構成やら
来年のいろいろやらについてあーだこーだ。
現時点ではまだ今年の演出の方と細かい話はしておらず、
その方に提示するための準備プロット(あらすじ、構成)みたいな感じか。
これは毎年そうなのだけど、うちの場合は毎年の演出家さんと細かい話を
する前に、水野に対して
「こういうことをやりたいんだけど」
というざっくりしたものを提示する。
そこで水野の意見もいろいろ聞くことで
自分の中でもやもやしていた問題点がくっきり浮かび上がったり、
逆に水野に対して
「これはこういうことなんだけど・・・」
と説明していく中で、新たなやり口が見つかったりする。
まあいわゆる「本打ち」に近いものなのだけど、
まだ脚本になる前の段階なので、
イメージと方向の刷り合わせという感じ。
こうやって話していくとよくわかるのだけど、
水野と私とでは、物(作品)の作り方の方向が全く違って面白い。
水野は、基本的には
「その作品が完成している状態」をビジュアルで明確に想像して、
そこにどう近づけるか、そう見えるにはどうするかを考えるようだ。
つまり、「できあがった状態=100」から想像して、足りないところを
埋めたり、いらないところを削ったり、と考える。
明確に想像できないものに対しては、疑問を抱く。
私は逆で、
「何もない状態=0から積み上げていき、あっちいったりこっちいったり
しながら、最終的にできあがったものがたまたま100になっていればいい」
みたいな考え方だ。
だから、文字で書いてるときは
「こんな無茶なこと書いてるけど、これ一体どーやって舞台でやるんだ?」
みたいにある意味無責任になっていることも多い。
たぶん、どこかでそういう無責任さをまとうことで、作家として自由でありたい
のかなぁと思う。
好き勝手に書いてる、という意味ではない。自分自身でも想像できない、
自分の手に余るものが自分の中から生まれて欲しい、という感じ。
逆に水野は、最終的に舞台の上で、お客様の目にさらされるわけで、
どこかで「確実に形にできる確かさ」みたいなものを自分の手にしておきたい
のかなぁと思う。
なんだかややこしいかな。例えてみよう。
車で言えば、私は設計者。水野はドライバー。
設計者にとっての「いい車」と、ドライバーにとっての「いい車」のイメージは当然違う、
みたいなことだろうか。たぶん。
こんなようなことを書いていると、さぞかしめんどくさい打ち合わせなのかな
と見えるかもしれないが、全然そんなことはない。
むしろものすごく有意義で、他のどの打ち合わせよりも面白い。刺激的だし。
私も水野も、ものを考えるのが根本的に好きで・・・まあ、たぶん、
二人ともマジメなんだと思う。
じゃなきゃわざわざ自分たちでこんなことしないし。
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水野美紀×楠野一郎の演劇ユニット・プロペラ犬の本「プロペラ犬の育て方」!!!
プロペラ犬の立ち上げに関するあれやこれや、今まで語ってなかったことも書いてます。
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お問い合わせ等は創英社へ。